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ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

誰も傷つけたくないのに

 私は博麗霊夢。妖怪を退治するよう母と父に教えられ、物心ついたときからは様々な術が使えるようになっていた。
 その術を以って人間を襲う妖怪を退治してこの幻想郷に住む人間を守るよう言いつけられた。
 でも私はその仕事に強く反発した。その仕事はつまり別の生物を傷つけるということだからだ。
 札や退魔針、陰陽玉を用いて鬼や天狗、様々な動物の妖怪を退治しろということである。
 私にはそんな罪深いことをする自信なんて無かった。
 暑い夏の日、蚊に噛まれたとしても私はその蟲を潰したりなんて出来なかった。
 可愛そうだから。がんばって生きている蚊を身勝手な理由で殺すということになるからだ。
 それでも妖怪退治という仕事から逃げ切ることはできなかった。
 八雲紫という妖怪が私を捕まえようと追いかけ、私にある薬を飲ませようとしてくるのだ。
 その薬は真っ白な錠剤なのだが、私がその薬を飲んでしまうと妖怪を攻撃したくて堪らなくなってしまうのだ。
 彼女にはそうやって博麗の巫女らしくさせられてきた。今この瞬間も。
 不便な日中をどうにかしようと紅い霧を出した吸血鬼さんを止めるよう命令され、魔法使いやメイドも巻き添えに紅魔館を襲撃した。
 ある者を生き返らせようと幻想郷中から春を集めている亡霊さんを滅茶苦茶に攻撃して、阻止しなければいけなくなったりしたこともあった。
 月の追ってから逃れようとしているお姫様の邪魔をしろと命令され、里を守る白沢さんを巻き添えにしてお姫様とその付き人を攻撃した。
 他にも花が咲きすぎて困ったとき、居場所が無くなって困った神様がやって来たとき、地震が起きたとき、間欠泉が出てきた時も紫に命令された。
 逃げ惑う私を執拗に追い回し、縮こまって震えているところで彼女の術で体の自由を奪われるのだ。
 その後真っ白な楕円状の白い薬を飲まされる。そして私は闘争本能をむき出しにされて妖怪達を痛めつける仕事をする。
 夜雀さんの羽を折って飛べなくしてしまったことがあった。
 宵闇の妖怪さんを口が聞けなくなるほど、頑丈な陰陽玉を何度もぶつけて黙らせてしまったことがあった。
 可愛い人形劇を見せてくれる魔法使いさんの綺麗な手指を靴で何度も踏みつけたことがあった。
 どうしてこんな酷いことばかりしないといけないんだろう。そんな疑問はすぐに薬の効果で忘れさせられてしまう。
 次に気がついたときには目の前に血を吐いて倒れる妖怪さんが私を睨みつけているんだ。
 博麗の巫女め。今度会ったら殺してやる。お前の顔は忘れないからな。八雲の手先め。
 薬の効力が弱まって洗脳が解けたとき、私はいつも謝るようにしている。
 ごめんなさい。本当はこんなことしたくないんです。信じてください。どうか、わかってください。
 この前なんかは友人の霧雨魔理沙が何か企んでいるかもしれないからと言われ、薬を飲まされて襲ってしまった。
 気がついたときには彼女が私にすがり付き、泣いて必死に謝っていた。
 彼女の頭から血が流れていた。きっと私が酷いことをして怪我をさせたのだろう。
 だから私もそのとき謝った。彼女は私の心中をわかってくれたのか、彼女は何も言わず抱きしめてくれた。
 魔理沙だけでなく、紅魔館のメイド長十六夜咲夜や白玉楼の庭師魂魄妖夢らは私の立場をわかっているのか、私に優しく接してくれた。
 彼女達に私の状況を全て打ち明けると彼女達は私を慰めてくれた。
 彼女達と居ると色んな苦悩を忘れることが出来た。逆に楽しいことが一杯増えた。
 だが八雲紫がそれらを一瞬にして破壊してしまうのだ。その平和を亡きモノにしてくるのだ。

 ある日、いつものように彼女達を迎えてお茶会をしているときのことだった。
 紫が傘をさしてやってきたのだ。ニタニタといやらしい笑顔を振りまきながら私を睨みつけてこちらに近づいてくるのだ。
 魔理沙は私と紫の間に割って入って「霊夢に近づくな」と私を守ってくれた。だが紫の力を前に魔理沙は血を吐いて倒れることになった。
 今度は咲夜が私を庇った。「巣に帰れ、隙間妖怪め」と言って紫を威嚇した。咲夜は紫に残酷な仕打ちをされてモノ言わなくなってしまった。
 妖夢も刀を構えて私を守ってくれた。だが紫の膂力を前にして妖夢は残酷な虐待を受けることになってしまった。
「さあ霊夢。薬の時間よ」
「……嫌! 嫌よ! どうしてこんな酷いことするの? 皆に謝ってよ! 魔理沙が……咲夜が……妖夢が……」
「こんなイレギュラー共、どうでもいいわ。必要なのはあなただけ。霊夢だけ。それで十分」
 紫がじわじわと近づいてくる。白い錠剤を手に摘んでそれを見せ付けてくる。私は首を振りながら抵抗の意思を見せるしか出来ない。
 直前まで迫ってきた時、近くで倒れていた妖夢が紫の足を掴んで紫の進行を止めた。
「さ、させない。こんなに嫌がってるのに、どうして紫様は霊夢にこんな酷いことを……」
「邪魔よ」
 紫は妖夢の手を振り払い、妖夢の首を掴んで持ち上げてしまった。苦しそうだ。きっと妖夢は息が出来ないでいる。
「やめて! 妖夢は関係ないじゃない!」
「じゃあ薬を飲む? そうすれば止めてあげてもいいわよ」
「だ、駄目よ霊夢! 言うこと聞いたら……!」
「ここでこの半人前の首をへし折るぐらいわけないのよ? 霊夢、薬を飲みなさい」
 私は紫の指先にある白い薬を喉の奥へ押し込むように飲んだ。妖夢が何か叫んだみたいだがもう何も聞こえなくなってしまった。
 もう無理だ。薬の効果が出てきた。紫の声しか聞こえない。紫の言うことしか信じられなくなる。
「じゃあ霊夢、手始めとしてここに寝転がっている屑共をもっと痛めつけておやり」
 目の前に喉を押さえて咳き込んでいる妖夢が居た。
 紫に言われたとおり、私は彼女の頭を何度も蹴って痛めつけることにした。
 どうしよう。凄く楽しい。むせび泣く妖夢の顔がとても美しく感じる。今度は背中を強く蹴ってやった。
 泣く気力さえなくなったのか、彼女は黙ってしまった。
「霊夢!」
 ええ、わかってるわ紫。今度は咲夜に執行するわ。
 空に手をかざし、陰陽玉を出現させると私は地面に倒れている彼女のお腹に陰陽玉をぶつけた。
 彼女の意識が戻ったのか、咳き込んで痛みに堪えている。いい気味だ。凄く楽しい。
「や、止めて……正気に……」
「こんな人間の言葉に耳を貸さないほうがいいわよ、霊夢」
「ええ。わかってるわよ紫」
 私は再度咲夜の体に陰陽玉を落とした。打ち所が悪かったのか、綺麗な銀髪が赤色に染まっていった。
「霊夢!」
 後ろから魔理沙の声がする。彼女は後ろから私に抱き付いてきた。
「もう……もう止めてくれ! 薬に……薬なんかに負けるんじゃない!」
「……うるさいわね。邪魔しないで」
「霊夢……そんな……」
 私のすぐ後ろに大量の陰陽玉を落とした。私に抱き付いていた者は言葉を無くして地面に倒れていた。
 二度と反抗できないよう魔理沙の喉に力をこめて踏みつけてやった。苦しそうだ。こっちは楽しいが。
「よくやったわね、霊夢。さあ仕事に取り掛かるわよ」
「ええ」
 魔理沙のお洒落な帽子は穴だらけ。咲夜の綺麗な髪は血で汚れ、妖夢の可愛らしいドレスは無残な姿。
 それを見て私は満足し、その場を離れていった。紫に反逆する妖怪を黙らせるために。

 私は薬の効力が切れたら一人で塞ぎこむことにした。もう彼女達と会うことなんで出来ない。
 あんなに酷いことをした私は今すぐにでも閻魔様の罰を受けるべきだと思った。
 でも紫がそれをさせない。薬がそれをさせない。
 ああ、頭が痛い。気分が悪い。薬を飲めば気分が良くなるのに。
 だめだめ。また薬を摂取すれば狂わされ、紫の操り人形になってしまう。
 あれから怪我を治した魔理沙、咲夜、妖夢が神社を訪れたことがあった。
 だけど私は薬を飲んでいる振りをして彼女達を追い払った。
 彼女達に会わせる顔なんてない。そんなことできない。私は彼女達に暴力を振るったのだから。
 それでも彼女達はやってきた。私を許してくれた。前のように仲良くしていこうと言ってくれたのだ。
 私は涙が止まらなかった。彼女達の優しさが心に染みて本当に嬉しく思った。
 今すぐにでも彼女達に甘えて抱きしめて欲しく思った。しかしそんなことは幻想だとばかりにまた紫が現れたのだ。
 こうなってしまってはもうどうにもできない。
 頭痛を止めたい。気持ちよくなりたい。早く薬が欲しい。
 そんなことは駄目だ。また彼女達に酷いことをしてしまう。薬なんていらない。葛藤する。
 またあの薬だ。白い、楕円状の薬だ。口の中に押し込まれた。
 飲み込んでやらないぞ、と口の中に残していても薬はすぐに溶け出して胃に流れて行く。
 こうなってしまってはもう誰も私を止められない。
 私を止めることは紫にしかできない。だがその紫は止めるどころか私に動けと命令する。
 戸惑う咲夜に向かって無数の針を投げた。
 紫を説得しようと試みる妖夢の後頭部に霊力の篭った札を大量に投げつけた。
 そして私を強く抱きしめて正気に戻そうとする魔理沙の壊れやすそうな体を、陰陽玉で甚振っていく。
 今夜もまた、妖怪さんが痛めつけられていく。

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